エッセイ・コーナー  KAZUOは要りませんか?

しまむらかずおが描くつれづれ(その2)  第6話~第10話

第6-10話 写真
10-彼女のお墓

 

 

第10話 「彼女のお墓」          by しまむらかずお

 

 

 

香南市野市町の県立青少年センター。

 

県内で最初に出来た宿泊型の社会教育施設で

 

建設から40年ほどたった今も盛んに利用されている。

 

最近では、ピアノを贈る運動のPR隊「クルック・ソングメイツ♪」の

 

ミュージカル合宿でもお世話になった施設である。

 

 

 

私は高校生の頃、完成直後のこのセンターで

 

青少年赤十字の役員として四国大会を開いた。

 

思い出深い場所である。

 

その後、恩師の横川遊龜壽氏が勤務されていたこともあって

 

「かえるの学級」や「ジュニアリーダースクール」の合宿でもお世話になった。

 

まさに、私の歴史と並行してきたような施設である。

 

 

 

中央公民館の社会教育主事だった頃、

 

「青春ゼミナール」という教室の合宿を開いた。

 

参加者はすべて独身の男女で20人あまり。

 

このつながりは30年たった今も続いていて

 

度々同窓会が開かれるが

 

このセンターでのことがよく話題にのぼる。

 

あの夜に実施した「キャンドル・ディスカッション」がそれである。

 

 

 

なんと消灯後、だだっ広い和室に車座になって

 

長いローソクを数本立てて話し合う。

 

うす灯りの中で一人ずつ、自分のことを話す。

 

仕事の悩み、自分の生い立ち、これからのこと…

 

それを引き出しながら、みんなのものにしてゆくのが私の仕事。

 

毛布にくるまってみんながそれを聞く。

 

途中で寝る子もいるが、

 

またもやむっくりと起きて話に参加する。

 

それを、延々続けて、全員の話が終わる頃には

 

夜が白々と明けている。

 

今じゃ考えられないハードな合宿。

 

当時、「泊なし二日」と言われた合宿である。

 

私も若かった。

 

 

 

その中の一人がこんなことを言った。

 

ハタチそこそこの女の子である。

 

「みんなあ、お墓のことって気にならん?」…。

 

若いみんなは口々に「ハアー?」と聞き返した。

 

「もしも嫁に行ったらよ、墓守りがおらんなるろう」…。

 

墓守りなんて、そんな言葉も考え方も、ピンと来ない人ばかり。

 

「家」を出て、自分の家庭をつくるのはこれからというみんなは

 

とてつもなく遠い話のように聞こえたはずだ。

 

 

 

かく言う私もピンと来てはいなかった。

 

だから、どう掘り下げて、どうまとめたのか覚えていない。

 

結局、その女の子は「ちょっと変わっちゅう子」として

 

みんなに認識されてしまった。

 

最近になって、その同窓会でその子がこう言った。

 

「あの頃よ、どうしてか分からんけんどよ」

 

「うんとそんなことが気になっちょってよ」…。

 

と振り返り、

 

「彼が出来て、結婚することになったら、気にならんなっちょった」

 

と彼女はケラケラと笑った。

 

 

 

あの頃はまだまだ、「ご両家」というように

 

結婚は家と家とがつながるもの…その色合いが濃い時代。

 

家を継ぐために婿養子を迎える、なんて話もよく聞いた。

 

ひるがえって、今は少子化の時代

 

家を継ぐ、なんて言ってたら、

 

ほとんどのケースは成立しないだろう。

 

 

 

私ごとになるが、先日、義母の四十九日の法要があって

 

親戚一同とともに墓所へ出向き、納骨をすませた。

 

義母自らが「元気なうちに」と整備した墓で、

 

「○○家」と書かれた納骨堂である。

 

お蔭で、ごく短時間で納骨を終えた。

 

 

 

ちょっと昔は、それぞれの名前の個人墓が多く

 

これがおじいちゃん、これがおばあちゃん、というふうに

 

何本もの墓標が立っていた。

 

墓所への道すがら、周りを見てみると

 

そのほとんどが「○○家」と、ひとつの納骨堂にまとめられている。

 

個人墓はあるものの、そのほとんどは

 

しばらく誰も訪れてないようで淋しい感じだった。

 

 

 

いろいろと勝手に思いを巡らせてみる。

 

もう身寄りがいなくなったのかな、とか

 

都会へ出ていった子どもが、ふるさとに先祖墓を建てた、とか

 

子どもたちを都会に送り出した老夫婦が、

 

子どもたちには迷惑はかけられんと建てた、とか、

 

夫を見送った妻が、この際にと納骨堂にした、だとか…

 

少子化の傾向に加えて

 

いずれも地方と都会に離ればなれになった家族を

 

象徴しているようにも思えた。

 

 

 

もう帰ってこない子ども

 

一人で高知で暮らす親

 

子どもの夢を支えて働いて

 

その幸せを嬉しく思いつつも

 

すぐそばにいない淋しさ…。

 

八十歳、九十歳まで生きられる今だけど

 

幸せってなんだろうと、ふと思う。

 

 

 

人は、生まれて生きて死んでゆく。

 

どんな人にだって死はやってくる。

 

けれど、生まれる前のことは覚えていない。

 

死んでから後のことは分からない。

 

要は、生きていることと、生きて来たことだけが

 

人生である。

 

 

 

もしかしたら、今生きている者たちが

 

さらにしっかりと生きてゆくために

 

身近な者の墓を建てるのではあるまいか。

 

自分のルーツがここにある。

 

自分のふるさとがここにある。

 

そう思うだけで、少しは背筋が伸びる。

 

ちゃんとしなきゃ…と。

 

昔があるから今がある。

 

この人たちがいたから自分がいる。

 

一人で生まれてきた訳ではないと。

 

ちゃんと生きなきゃ…と。

 

 

 

我が家でも古い個人墓をまとめて

 

納骨堂をとの話がある。

 

ほんとは私は個人墓が好きである。

 

これが誰、これが誰と言いながら拝むのが好きである。

 

私だって、一生懸命頑張って生きているけれど

 

結局、私の銅像は立たないだろうし、(そりゃそうだ)

 

KAZUO記念碑も建立されないだろう。(まさかね)

 

せめてお墓だけは、「しまむらかずお」と銘打ってほしい。(泣)

 

そう思いはするけれど

 

いなくなってまで迷惑をかけるとなれば、しょうがない。

 

私も元気なうちにと、しゃれた納骨堂を建てておくのが関の山。

 

話が墓だけに

 

ハカどらなくて、ハカない話、ま、ボチボチやるわい。(笑)

 

 

 

それにしても、例の彼女の実家のお墓は

 

今、どうなっているのだろう。

 

ご先祖様に合掌。

 

(2014.9.1)

 

 

 

 

▼エッセイへのご感想をお書きください。

(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、一部または全部を掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 5
  • #5

    rittchan (木曜日, 04 9月 2014 02:00)

    お墓の話、懐かしいな!
    彼女の話をその場で聞いた一人です。
    その時はお墓のことなど考えもせず、「ハアー?」ぐみでした。
    本当は私の家は跡継ぎのいない家なので、いろいろと考えなくてはいけなかったなあ~と反省します。
    実際は実家の墓はたてませんでした。
    父が亡くなってもうすぐ8年になります。母の後を追うように1年半後に亡くなりました。
    父も母も「墓はいらない。孫に迷惑をかけたくない。」
    「生まれ育った町を流れる川に散骨してほしい。」
    と、常々申してましたので、遺言どうり行いました。
    ただ、墓がないとなると、大叔父や大叔母からびっくりされ、
    寺に永代供養することで納得してくれました。
    今は、家族で墓参りと言ってお寺に行ってます。
    高知としては、めずらしいケースかもしれませんね!

  • #4

    月のうさぎ (火曜日, 02 9月 2014 21:58)

    人は、生まれて生きて死んでゆく。
    あたり前の事なんだけど、考えたくなかったり、まだ若いから…なんて遠ざけている事実。
    こんな風に丁寧に話してくれたら、そうだ!大切な事なんだ!せっかく話してくれたから、元気なうちにちゃんと考えようと思いました。
    自分が生きた証ってなんだろう。才能があって、お墓だけでなく人の人生の中にもいろいろな形で残せる人は羨ましいなぁ。
    せめて私はアンテナを張って、人との繋がりを大切にして、人の役に立てる事をして生きていこう。
    そしていつの日か、ご先祖様に命を繋いでくれてありがとう。一生懸命生きて来ました。と言いたいですね。




  • #3

    レッド (火曜日, 02 9月 2014 05:05)

    高校生の時に四国大会、さすがKAZUOさん!

    ハカどらないハカない話、縁起でもないからやめてくださいと言いたい気もしながら、納骨堂を用意したら長生きするという話も聞くから、KAZUOさんデザインのしゃれた納骨堂を見てみたい気もします(笑)
    ともあれ、「不死」でないからこそ、「今」を大事に生きられるのかもしれませんね。
    くだらないモヤモヤで心を埋めるより、明るいワクワクで心を満たす方がいいですね(^^)
    KAZUOさん、これからも、ワクワクを見せ続けてくださいね♪

  • #2

    土佐のおんちゃん (火曜日, 02 9月 2014 02:22)

    今夜は、昨日カンボジアから帰ってきたRさんとアンコールワットの
    話から始まり、最後はお墓の永代供養の話まで3時間余りしてました。
    そして帰宅してから、こちらにお邪魔すると、またまたお墓のお話じゃありませんか、偶然とはいえ今夜は妙なものです。

    ある人が”臨終をわきまえて今を生きよ”言ってましたが
    なんだか、今ではわかるような気がします。
    かと言って何をどうすればよいのかは皆目見当がつきませんが
    とにかく臨終の時に悔いの残らないように一生懸命に生きて行こうかな!
    と、思っています。・・・なん~てな!(いかりや長介風)・・・

  • #1

    ぴあの (火曜日, 02 9月 2014 01:05)

    私の実家も、数年前までは、一人ずつ一列にずらっと並んだお墓でした。
    妹たちはちょっと怖いと言ってましたが、私は、ひそかに気に入ってました。
    前をごめんなさいと声をかけながら、奥のご先祖様へと続く山の中の一本道。
    そして、また引き返しながら、この続きに私がいるんだと、気の遠くなるような血のつながりを感じるひと時でした。

    おじいちゃんの亡くなった12年前に納骨堂にしたと聞いた時には
    嫁いで、違う性になっていた私。
    嫁に行って15年たつけど、違うお墓に入る自分を、受け入れるにはもう少し時間がかかりそうです。

9話リサイタル

 

第9話 「リサイタル」     by しまむらかずお

 

 

10月3日のリサイタルまで40日を切った。

 

その準備が一気に本格化してきた。

 

チラシやご案内状、ハガキの発送を終えた。

 

全部で200通を超した。

 

プレイガイドにはチケットも置いた。

 

 

 

がしかし、私の家の棚の上には

 

PRチラシがデンとある。

 

多分まだ800枚はあると思う。

 

ここにデンとあっても用を足さない。

 

「これって、どうすんの?」と

 

自分に突っ込みを入れる。

 

 

 

さて…と、思いを巡らせてみる。

 

街へ出て、中央公園前で通りすがりの人に配ろうか。

 

いやいや、受け取ってもらえないでこちらが傷つくか

 

ちょっと先のゴミ箱に捨てられて悲しくなる図が見える。

 

 

 

オレンジホールでの誰かのコンサートのお客さんに配ろうか。

 

少しは効率的かも。

 

いやいや、主催者の許可がないと出来ないし

 

一気に1500枚のチラシが消えてしまう。

 

 

 

さて…と、また考えてみる。

 

やっぱり、いつも支援してくれている人々にお願いして

 

声掛けとともに配ってもらうしかない。

 

これまでもずっとそうしてきたし。

 

 

 

そんな方々に集まってもらおうと

 

「SONGS★15プレビュー集会」なるものを企画した。

 

街なかの喫茶の2階に新設されたシネマを会場にして

 

秘蔵VTRの上映や、歌のコーナーなどを楽しんでいただき

 

パソコンやスマホからの投票の仕方教室も開催。

 

それが苦手な方には、投票用紙も用意した。

 

 

 

それからあとは、高知ならではの風土に合わせて

 

終了後の呑み会もちゃんとセットした。

 

今日がその申し込みの締め切り日。

 

さて、いったい何人の方が来てくれるのだろう。

 

 

 

芸能生活35周年を去年済ませた超ベテラン(笑)の私でさえ

 

毎回の動員数には気をもんでしまう。

 

いったい、いつになったら「ひと声、何百人」というふうに

 

心配しないでコンサートが開けるようになるのだろう。

 

 

 

その昔、「ぐうぴいぱあ」の頃、

 

キャパ500席のグリーンホールで9回にわたってコンサートを開いた。

 

毎回その8割は埋まっていた。

 

最後の2年間には、オレンジホールで4回のコンサートを開いた。

 

1階は1000席。これもおよそ8割は埋まっていた。

 

最後の解散コンサートでは2階席も開いて

 

1300人が会場を埋め、賑やかなラストだった。

 

 

 

いったい、今とどこが違うのだろう。

 

バンドブームだった。今ほど沢山のコンサートはなかった。

 

確かにそうだが、一番違っているのは

 

私の若さ。

 

今やってるコンサートのほうが

 

絶対に当時よりウマいし、面白いことには自信があるが

 

残念ながら、若さはない。

 

いつだったか、あの沢山いたお客さんは、どこへいったんでしょうねえ。

 

そうつぶやいたら、誰かがこう言った。

 

…歳がいったがよ。

 

 

 

私には私なりの歌がある。

 

とは思いつつも、若さをうらやむ気持がないではない。

 

若いヤツらには歌えない歌がある。

 

そうは思うが、本音を言えば

 

若い人たちにも来てほしい、聞いてほしいと思うのだ。

 

 

 

若さとは、青いこと。青さとは、未熟なこと。

 

それはそうだが、その未熟さが大きな魅力であることに間違いない。

 

熟した味もいいが、すっぱいほどの若さも捨てがたい。

 

若い人たちが熱狂するバンドはやはり若い。

 

歌い手とお客さんの年齢層は比例するのだろうか。

 

 

 

昨日、テレビで「BIG・3のコンサートツアー」というのをやっていた。

 

BIG・3とは、舟木一夫、西郷輝彦、三田明のことだという。

 

私が中学生のころの大スターたちだ。

 

多分、全員が70歳に近づいているはずだが

 

全国ツアーをやっているのだそうだ。

 

大したもんだ。心からそう思う。

 

 

 

その3人は、満員のホールで、

 

「高校三年生」「星のフラメンコ」[美しい十代]など

 

当時の大ヒット曲を会場と一体になって歌った。

 

お客さんには歌詞カードは要らない。

 

同世代を生きて、多分、3番まで全部ソラで歌えると思う。

 

みんなそれぞれ同じ歳を重ねてきたのだ。

 

 

 

ひるがえって、

 

今、私のそばにいてくれる方々は

 

元「ぐうぴいぱあ」のファンという方はほとんどいない。

 

だから、懐かしいから、というのではないはずだ。

 

ということは…

 

今の私を認めてくれているのだ。

 

そう思えば、だいぶ気持が明るくなってきた。

 

そうなんだ。これでいいんだ。

 

数はともかく、今の自分を愛してくれる人たちなんだ。

 

…うんと、大事にしなくっちゃ。

 

 

 

とはいえ、

 

やっぱり、ガラガラ、チョボチョボの会場では

 

盛り上がらないよね。

 

声掛けとか、PRとか、もっともっと頑張ろっと。

 

 

 

リサイタルとは、独奏会のことだけど

 

独りで出来るものではないから。

 

                                        2014.8.28

 

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(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、一部または全部を掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 3
  • #3

    フェアリー (木曜日, 28 8月 2014 09:28)

    いつも側に居るよ。
    そう歌って本当に側に居てくれる歌手の方って他にいるかしら?
    私達のシンガーソングライター“しまむらかずお”さんは、キラキラさせて通り過ぎて行く都会のプロと違って、本当に悩みを聞いて励ましてくれたり、勇気をくれたり、「その後 どう?」なんて声を掛けてくれる。
    KAZUOさんから これまでたくさんのリンゴをもらった私達は、少しずつでも返していかなくちゃね。
    また 真っ赤なリンゴをもらうために…

    だから、若い人も欲しいだろうけど、目の前の私達も
    「うんと大事にして」ね*\(^o^)/*

  • #2

    ななっぺ (木曜日, 28 8月 2014 07:52)

    なぜか
    島村さんのライブのときに

    必ず用事がかぶる、
    今日この頃(>.<)


    本当にゴメンナサイね(´`:)

    こりずに
    また誘ってくださいな☆彡

  • #1

    あっぷる (木曜日, 28 8月 2014 02:04)

    「人を大切にする人は、人から大切にされる。」

    どなたかの日めくり暦、15日に書いていました。

    まずは、お互いを大切にしあいながら、プレビュー集会を楽しみましょ(^^)

8話 レインマン

 

第8話 「レインマン」     by しまむらかずお

 

 

 

去年の夏。

 

中央公園で音楽イベントがあり

 

我々「カノンズ」の8人は、お昼過ぎに大量の楽器を引っ提げて

 

ステージ横に集まった。

 

まもなく出番。空は快晴。真っ青な空。

 

陽射しはまぶしいほどにキツイ。

 

 

 

私はみんなよりもほんの少し遅れて会場入りした。

 

大急ぎで舞台に上がり、譜面台を広げ、

 

ギターのシールドをダイレクトボックスに差し込んだ。

 

 

 

そのときだった。

 

ステージ前のお客さんが一斉に去り始めた。

 

一瞬、何が起こったのかは分からなかった。

 

私の後ろに陣取るメンバーが一斉にこう言った。

 

「さすがやねえ」…。

 

「えっ?なに?」と私。

 

「ほらぁ」…と言われて気がついた。

 

ザアァァーと雨が来ていたのだ。

 

「さすが」とは、私の「雨を降らす絶大なる能力」のことだった。

 

 

 

新聞の芸能面には載らず

 

社会面にしか載らないミュージシャン。

 

そう言われてきたアタシ。

 

(ま、それはひとつの名誉だが)

 

このところ、もうひとつワヤにされていることがある。

 

いわく、野外コンサートに不向きなミュージシャン。

 

それほどにアタシの能力は絶大らしい。

 

…まっこと、悔しい。

 

 

 

「雨男」の称号は、周りに迷惑がかかるという点で

 

嬉しくないし、返上したい。とマジで思っている。

 

もしもこれが「雪男」なら、ビッグニュースとして

 

世界中を駆け巡るが、「雨男」はニュースにもならない。

 

 

 

この夏、各地で大雨や集中豪雨の被害が相次いだ。

 

今も広島では行方不明者の捜索が続いている。

 

この高知にも先日、大きな被害をもたらせた。

 

この夏の雨は異常である。

 

 

 

今日、この高知では久しぶりの晴天を迎えた。

 

各家のベランダには

 

待ってましたとばかり、蒲団が並んだ。

 

振り返ってみれば、晴れの日が少ない夏だった。

 

湿気が強く、まるで梅雨時がずっと続いているような夏だった。

 

 

 

あと5日も経てば夏休みが終わる。

 

おそらく海水浴も、川遊びも出来ないままで2学期が来る。

 

子どもたちも可哀想だ。

 

私には何もできない。

 

できるだけ外へ出ないでいようか、とさえ思う。

 

…非常に切ない。

 

 

 

先日の2泊3日の「チャレ・セミ」の初日も

 

開催が危ぶまれたほどの大雨だった。

 

結局、敷地の外へは出ず

 

園内や体育館での行事に切り替えての実施だった。

 

その分、子どもたちの凝縮度は高まったように思うが

 

野外活動の魅力は、どんな楽しい室内ゲームでも及ばない。

 

…決して私のセイではない、と思うのだが。

 

 

 

2年も前になるが

 

鳥取県の米子市にみんなで出かけた。

 

鳥取県主催の人権コンサートに招かれて

 

カノンズのメンバーとクルックの子どもたちと一緒に

 

出演することになっていた。

 

 

 

集合は、水木しげるロードで知られる境港の町。

 

私はその前日、高知でのコンサートを済ませてからの合流だった。

 

私の車が、妖怪のブロンズ像が並ぶ町並みに入った途端

 

激しい雨に見舞われた。

 

ほんのさっきまで青空が見えていたのに

 

ワイパーが間に合わないほどの強い雨だった。

 

 

 

あいにく傘を持ってなかった私は

 

通りに面した雑貨屋の前に車を止めた。

 

車から降りようとしたら

 

またもや「さすがやねえ」の大合唱。

 

仲間たち全員が傘を買いに来ていたのだった。

 

あの日、私の絶大なる能力は、さらに確定的になった。

 

…なんでやねん。

 

 

 

その時の記念写真がある。

 

総勢20人もの人たちが水木しげる記念館前で撮った写真である。

 

妖怪の着ぐるみと一緒の楽しそうな写真だが

 

全員がビニール傘を下げている写真だ。

 

…何となく腹が立つ。

 

 

 

後から聞いた話がある。

 

私はみんなより先に失礼して、米子市民会館に向かったのだが、

 

その直後、雨は嘘のようにカラリと上がったという。

 

またもやみんなが口をそろえてこう言ったという。

 

「やっぱり…さすがやねえ」と。

 

…ものすごく腹が立つ。

 

 

 

同じ雨でも、場合によっては

 

「恵みの雨」と呼ばれることもあるよね。

 

私の歌はそうありたい。

 

乾いた心に潤いをもたせ

 

田畑を潤わせて、作物の成長を促すような、

 

そんな力がほしいよね。

 

などと、自分を励まして、自分を慰めたいレインマンである。

 

…と、それを認めねばならないことが、ものすごく悔しい。

 

 

 

人生、晴れの日ばかりではないのだぞ。

 

いい気になりすぎると、冷たい雨を降らすぞよ。

 

私からの忠告である。

 

…えーん、やっぱり、「雨男」は返上したいよお。

 

2014.8.27

 

コメント: 7
  • #7

    少女A (月曜日, 20 10月 2014 18:36)

    確かにいっつも周りで雨が降りゆう!(笑)
    レインマン ばんざーい(^ ー^)

  • #6

    sakura (木曜日, 28 8月 2014 00:31)

    今日も締めくくりに雨が降りましたね。
    (私の周りだけだったらごめんなさい)
    だから今部屋の中には、秋を呼ぶ虫の声と共に涼しい風が入って来てます。
    雨も必要ですよ。
    ただ 大事な日の雨が、あなたの一歩で決まっていたなんて (~_~;)
    「さすがやね」と笑ってなのか、白い目なのか…でもその時を知るメンバーが今も側に居てくれてる様で良かったです。
    完璧な人+レインマン
    =愛されキャラ(^_−)−☆

  • #5

    レッド (水曜日, 27 8月 2014 18:20)

    昨日火曜、晴れ晴れ♪
    今日水曜、晴れ晴れ♪
    あさって金曜夜のお天気が楽しみ楽しみ♪

    ホームページに、「トップへ戻る」がいっぱいになっちゅう♪
    「管理人室へ行く」ってボタンが欲しいのは、私だけかな(笑)

  • #4

    ななっぺ (水曜日, 27 8月 2014 16:12)


    うちの晴れ男を
    そちらに送り込んだんですけどねえ…

    勝てないみたいです(笑)


    イベントに欠かせない人間が
    超絶雨男なのは
    非常に不満でしょうけど

    いえいえ。
    出来過ぎた男なんて
    面白くも何ともないですよ?(笑)


    ごきげんよう、さようなら(。・∀・。)ノ

  • #3

    土佐のおんちゃん (水曜日, 27 8月 2014 15:54)

     思い出します、一昨年前のスキー旅行(大山)2月の雪山なのに、
    ゲレンデは雪ではなく雨でしたね、恐るべしレインマンさん!

     宿屋でみんなで見た”新婚さんいらっしゃい!(TV)が
     なつかしいです(笑)

  • #2

    カノン (水曜日, 27 8月 2014 09:19)

    しまむらさんの弱点発見‼︎
    そーなんだ レインマンなんだ。

    完璧人間じゃないとこにホッとするわ。

  • #1

    あっぷる (水曜日, 27 8月 2014 08:37)

    あれは、今から四年ほど前。
    イオンの近くでの野外コンサートでした。
    ブルーシートを敷いていたから、コンサート前は降ってなかったのでしょう。
    で、コンサートが終わる頃にはブルーシートに数cmの雨水が溜まり、会場のど真ん中には観客がゼロというコンサートがありました。
    記憶力の弱った私…、あれは、どなたのコンサートだったんでしょう(笑)

    **

    話は変わり、前職時代の梅雨時、子どもたちによく話していたことがあります。

    「雨のおかげでお野菜も育つし、田んぼにお水が溜まって美味しいお米ができるし、雨もありがたいことがいっぱいあるのよ。」

    (*^^*)

第7話 エッセイのエッセイ

 

第7話 「エッセイのエッセイ」    by しまむらかずお

 

 

ホームページを開いたのが8月の初め

 

まだ3週間ほどの若いページだが

 

思わず反響が大きくて

 

いろんなコーナーを設けて

 

さまざまなコメント・コーナーも開いた。

 

 

 

すると、いろんな人が、いろんなことをつぶやいていて

 

ものすごく興味深い。

 

「40曲の中から5曲を選ぶことなんてムリ」、だとか、

 

あれもこれもと悩んでくれているのが、嬉しい。

 

 

 

テレビにもラジオにもほとんど出ない私なので

 

自分の曲を聞いてもらえるのはライブしかなかった。

 

そんな状況で、「リクエスト・コンサート」なんて、無謀…

 

そうも思ったけれど。

 

だからこそ、40曲もの楽曲の音や映像をページ上にUPした。

 

 

 

普通のミュージシャンのホームページで聞けるのは

 

楽曲のほんの一部。

 

あとはCD買ってね、ということなのだろう。

 

ところが私の場合はノーカットで全曲UP。

 

しかも歌詞まで公開した。

 

著作権・丸裸の状態だ。

 

 

 

でもそうしないと、皆さんの元に歌を届けられない。

 

いわばホームページでの放送局。

 

どうか、たくさん聞いてもらって

 

投票までの日々を楽しんでいただきたいと思う。

 

 

 

もうひとつ、嬉しいことがある。

 

それは「エッセイ」のコーナー。

 

1話書く度に、またもや沢山のコメントが寄せられる。

 

しっかりと読んでいただいているようで

 

どれも嬉しく、興味深く読ませてもらっている。

 

 

 

しかし、困ったことがある。

 

そのコメントを読んでいると

 

なんだか、「どんどん書け」「もっと書け」「早く次を書け」と

 

せかされているような気がするのだ。

 

 

 

文章を書くというのは

 

それほど嫌いじゃないけれど

 

面白い話とか、感心させる話とか

 

そうそう毎日、思い浮かぶものではない。

 

 

 

けれど、「待たれている」と思うと

 

「書かねば…」と思ってしまう。

 

なんてアタシは「お調子者」なんだろう。

 

おだてられたり、「あなたじゃないと…」なんていわれると

 

すぐその気になって、頑張ってしまう。

 

またもや睡眠時間が減ってゆくのだ。

 

いやいや、カッコよく言うと、

 

喜んでくれる人がいれば頑張れる…

 

思えば、ずーっと、そんなふうに生きて来た気がする。

 

 

 

人はそれぞれ様々な場所で

 

何かにぶつかったり、我慢したり、それを乗り越えようとしたり、

 

しんどくなったり、どうでもよくなったりと

 

本当の自分とは少し違う自分でいたりする。

 

あなたがこのホームページを開く時は

 

どんな時なのだろう。

 

どんな気持ちの時なのだろう。

 

 

 

もしも、このページのどこかに

 

励まされたり、癒されたり、勇気づけられたり…

 

要は元気になってくれればいいな、と思っている。

 

 

 

本当のことを言うと

 

私の方が元気づけられたいのだけれど…。

 

だからこそ、皆さんの反応が私を奮い立たせて

 

結果的に私も元気でいられるのだ。

 

どうもありがとう、と言っておきたい。

 

 

 

今日のこのエッセイには

 

何のつもりも目的もない。

 

「書いてあげねば…」との思いだけで

 

書き始めたものだった。

 

でも、それはまさに、あなたのためなのだ。

 

と、恩着せがましく言っておこう。

 

 

 

今日は、そんなこんなで

 

とりあえず「エッセイ」したぞと

 

キーボードから指をはずす。

 

ごめんなさいです。


次にはもっと中身のあるエッセイにしますから。

 

今日はこれにて。

 

ごきげんよう、さようなら。

 

                 2014.8.26

 

コメント: 2
  • #2

    レッド (火曜日, 26 8月 2014 22:45)

    なんだか、「どんどん書け」「もっと書け」「早く次を書け」と、せかされているような気がするのだ。

    ↑↑

    KAZUOさん、これ、間違ってますよ(^^)

    コメント女子たちは、そんな言葉は使いませんから。

    「どんどん書いてね」
    「もっと書いてね」
    「早く次を書いてね」
    …ですからね(笑)

    では、ごきげんよう、さようなら♪♪

  • #1

    sakura (火曜日, 26 8月 2014 22:08)

    やっと夏らしい一日でしたね。
    だからこそホッとしたいです。
    私は今日みたいなゆるゆるなKAZUOさんに癒されるのも好きですよ。
    長く続けて欲しいから、慌てないでくださいね。
    緊張から解き放されたコメントもきっと魅力的です。

    「書いてあげねば…」しっかり頂きました。
    おやすみなさいm(_ _)m

キャンドル

 

第6話 「キャンドル」          by しまむらかずお

 

 

 

「私たちの班は、何ごとにも全力で向かうことを誓います」…。

 

灯を高く掲げ、緊張した子どもの声が、

 

でもしっかりとホール全体に響いている。

 

 

 

そして、その灯は80人もの仲間たちの手元に分火され

 

幼い顔をひとつずつ、柔らかく照らし出してゆく。

 

やがて、その灯はひとつの大きな輪となってゆく…。

 

 

 

毎年の夏休みに開かれる

 

「少年少女チャレンジセミナー」と呼ぶ二泊三日の合宿。

 

愛称は「チャレ・セミ」。県西部の小学生が集まってくる。

 

今年は大野見青年の家で開かれた。

 

もう20年もの歴史があり、私は一度も欠かさず

 

その指導に当たって来た。

 

 

 

指導と言えば聞こえはいいが、

 

四国綜合教育研究所の横川遊龜壽先生の指揮の元

 

つどいの運営やゲームの指導、野外活動やきもだめしの実施に至るまで

 

何でもありのスタッフの一人である。

 

 

 

中でも「歌」の指導はそのメイン。

 

毎年なぜか新しい歌が生まれる。

 

もう数えきれないし、覚えてないのもあるほどだ。

 

いつもの「カノンズ」と作り上げる楽曲とは全然違う曲。

 

子どもが歌うという前提だからとはいえ、自分でも不思議な気がする。

 

 

 

子どもの声はいい。

 

みんなの声が合わさるとすごくいい。

 

ギターを弾きながら思わずジーンとこみ上げるものがある。

 

 

 

そう言えば、キャンドルの灯を灯すときに歌う「♪ちいさな灯」。

 

♪ちいさな ちいさな灯を 消えないようにそっと 抱きしめて…。

 

もはやキャンドルの点火のときの定番で、

 

県下のみならず、広く各所で使われている歌だ。

 

もう36年も前に生まれた私の作品である。

 

すでに、「詠み人知らず」の歌となっているが、嬉しい広がりである。

 

 

 

それにしても、こんな素敵なキャンドル・サービスだが

 

このところ、やられることが少なくなったように思う。

 

スポーツや音楽などの目的別の少年団体は盛んだが

 

その合宿の夜は多分、練習か自由時間に充てられるだろうと思う。

 

子ども会その他の、みんなでいること、仲間になることそのものが目的の合宿は

 

少なくなったように思う。

 

 

 

そんなチャレセミに、毎年通ってくる子どたちがいる。

 

今回は約4割が経験者だ。

 

何が面白いのだろう。

 

いや、面白いのには自信があるが

 

何回も通うほどの魅力…それが分からない。

 

けれど、毎年の開講式で歌う「サマー・アゲイン」を

 

嬉しそうに歌う子どもたち。

 

その眼は輝いている。

 

 

 

その輝きが嬉しくて、今年の曲、「♪ひまわりの夏」は生まれた。

 

「♪久しぶりに会えたキミは、少し大人になっていた」

 

「♪だけど瞳の輝きは、ちっとも変わらないね」…。

 

 

 

班名が決まり、班長が決まり、班のモットーが出来て

 

班旗が仕上がるころには、

 

それぞれ違う町の子どもたちのグループも仕上がってゆく。

 

その夜の雨の合間をぬっての肝だめしでは

 

決まったばかりの班長を先頭にタテ一列になって

 

片手で前の人の肩を掴みながら、月も星もない夜を進む。

 

 

 

オバケは出ない。幽霊もいない。気味悪いものは何も出ない。

 

施設の周辺に問題を出すリーダーが隠れているだけなのだが

 

いや、そのはずなのだが

 

あちこちで「キャー」「ギャー」の声がこだまする。

 

実に楽しい。

 

ややニンマリしながら、玄関前で煙草を吹かす。

 

コース設定で汗をかいた肌に、夜の風が気持いい。

 

 

 

合宿の最後の夜がキャンドルである。

 

そのセレモニーの前には、半日がかりで作ったスタンツが演じられる。

 

スタンツとは即興劇のことだが

 

ここでは班づくりと班員の個性発揮の大事な催しである。

 

テーマだけは、くじ引きで決まる。

 

今年は劇中の「決めゼリフ」も、封筒入りのくじ引きで決めた。

 

 

 

ドラえもんの、シンデレラ、その決めゼリフは、「それが日本というものさ」…

 

ま、そんな感じ。

 

6班ごとに違うテーマが決まる。

 

今年は「アナと雪の女王」もテーマになった。

 

出来、不出来はあっても、その時間までのプロセスが学習になる。

 

翌日、楽しい「表笑状」を差し上げた。

 

 

 

もうひとつ、チャレセミの楽しさを倍加させるのはゲームである。

 

画面も電池もボタンもない、集団ゲームのことである。

 

3日間でおそらく100を超えるゲームが行われる。

 

歌付き、セリフ付き、踊り付き、掛け声付きのゲームは

 

子どもたちを夢中にさせる。

 

その仕掛け人は若いリーダーたちである。

 

二十代の若いリーダーたちは、

 

パワー溢れる「演技」とでも呼びたくなるほどの技で

 

子どもたちを「天国」に誘導する。

 

この若者たちも、その少年時代からの付き合いで、私の宝物である。

 

 

 

キャンドルのつどいは、終りに近づいている。

 

中央の集火台に向かって何重もの輪ができ

 

肩を組んだ子どもたちが、ワッサワッサと揺れている。

 

その揺れが収まると、「ふるさと」が歌われ、「サマー・アゲイン」が歌われ

 

そして、「今日の日はさようなら」が歌われる。

 

いよいよフィナーレだ。

 

横川先生の凛とした声が響く。

 

「もしも、このチャレセミで、何が生まれかと聞かれたら…」

 

「かけがえのない仲間が生まれたと答えたい」…。

 

 

 

あの子たちは昨日、

 

三日分の、大きなリュックといっぱいの思い出をしょって

 

それぞれの町のそれぞれの家族の元に帰っていった。

 

また会おうよ、また会いたいね、また会えるよね。

 

そう何度も言いながら。

 

 

 

「来年も来いよな」…私もそう叫びながら

 

いくつもの車に両手を振った。

 

 

 

(2014.8.25)

 

ひまわりの夏
コメント: 5
  • #5

    ジュン (木曜日, 02 10月 2014 01:32)

    ひまわりの花が好き!!歌えた!!この歌定番ソングですね!!

  • #4

    フェアリー (火曜日, 26 8月 2014 14:53)

    何度も何度もなんども 読み返しました。その状況が目を閉じると浮かぶから。
    あのドキドキが、ワクワクが浮かぶから。ドラえもん、シンデレラって、そのまんまじゃん!って時々ツッコミを入れながら(笑)
    起きてるのか、夢の中なかのか、でも とにかく一生懸命でみんなが大好き

    この、自分でも整理しきれない感情を家に帰り着いた後に、充実・感動・感謝
    となってまたフツフツと湧いてくる幸福感がたまらなかったなぁ。

    わざわざ集まって、知らない人と友になり、大の大人が汗だくでいろいろな“
    楽しい”を教えてくれる。
    温度も感触もない機械がどんどん情報を与える 今こそ 子どもにも、大人にも必要な世界だと思う。
    「サマーアゲイン」
    今回生まれた「♪ひまわりの夏」
    聞かせてくださいね(*^_^*)

  • #3

    ななっぺ (火曜日, 26 8月 2014 13:05)

    お疲れ様でした!

    若気の至りで
    未だにチャレセミトラウマの奈々は

    同士を送り込み
    今回は遠方からの
    応援に徹しましたm(_ _)m


    小さな灯…


    大好きな歌ですが…


    カズオソングだったんですかっ(>.<)

    知らなかった(笑)

  • #2

    ぴあの (月曜日, 25 8月 2014 23:27)

    みんなでいること、仲間になることそのものが目的の合宿。

    いいですね。大人になった今でも行ってみたい。

    というか、とても引っ込みがちだった子供のころはとても行けなかったかも。
    すこし、ずうずうしくなった今だったら、ときどき出てくる「引っ込みがち」をちょっと説き伏せて、がんばれるかな。

  • #1

    レッド (月曜日, 25 8月 2014 22:03)

    チャレセミ、20年の歴史、すごい☆
    キャンドルサービス、とっても素敵☆
    マジックミラーで覗いてみたいくらい☆

    って!
    もう終わったんだ(笑)